シニア向けゴルフ留学
夢にまで見たゴルフ三昧の日々を送れます。
- 週に6ラウンド以上、体力があれば10ラウンドでも可能です。と言ってもやはり体力が,,, とお考えですと週の途中に休養日を取る等、各自のペースで楽しんで頂けます。 慣れてくればほとんど皆さん毎日のラウンドになります。
- プロからのレッスンが受けられます。 今まで我流で何十年とやってきた自分のゴルフを見つめ直す良い機会になるかもしれません。 最初は思うようにいかない歯痒さを感じるかもしれませんが、信じて取り組めば必ず新しいゴルフが 見えてきます。
- 折角の海外生活、英会話の習得も夢の一つでしょう。 午前中は英会話の授業、午後からゴルフという贅沢なプランもあります。
- 毎日の生活において欠かせないのが食事の問題。 日本人家庭でのホームステイをアレンジすることも可能です。
- 現地駐在の日本人スタッフが毎日同行しますのでとても安心です。
- もちろん、アスリート向けゴルフ留学と同じ内容のゴルフ留学を受講できます。
- 歴代ゴルフ留学参加者の皆さんが日本での同窓会を開催していますので、留学終了後も親睦がはかれます。
~体験談~ 70歳男性、友人と共に
1,プロローグ
人間を長くやっていると、予期しない体験に恵まれる。70歳にもなって,
ニュージーランドのゴルフ、英語の研修ツアーに家内と一緒に出かけることになろうとは!
ことは,1月半ばゴルフ場へ向かう車の中ではじまった。
「こういうツアーがあるので一緒に行きませんか」という友人からの誘いであった。
いまさら英語の勉強?と、一瞬たじろいだが、持ち前の好奇心が頭をもたげてきて、
気持ちは次第に出かける方向に傾いていった。参加者は、紹介してくれた友人夫妻、
家内の友人、私のゴルフ友達、それに私たち夫婦の6名になった。お節介を自認する私が世話役を引き受けた。
インターネットを開くと、ゴルフ留学企画会社(New Zealand Golfing World Limited)の ホームページが出てきた。早速その会社の代表、宮 吉克さんとの連絡が始まった。 E-Mailを交わすこと十数回。間もなく送られてきた資料の中に、 私がメールで質問した回答が殆ど入っていた。最初に資料を請求しておけば手間はかなり省けたのに。 しかし、「無駄の効用」というものもある。このやり取りで、お互いに気心が通じ、 信頼関係を築くことができた。後で宮さんから「顔も知らない私を信用して頂きまして感謝します」 とお礼を言われた。
出発は、現地の秋口にあたる4月19日(土)に決めて、3月10日に手続きを終え、 27日間の研修費(28万円/人)を送金した。格安航空券も入手できた。 これは、売りだし枚数も少なく、発売時期は遅くて、直前にならないと手に入らない。 余裕を持って頼んでおいてよかった。滞在中の日中の気温は18度くらいで、過ごしやすく、 晴天に恵まれて、期待通りであった。ゴルフプレー時の日没の時刻からみると、 出発をもう1ヶ月早めた方がよかったかもしれない。
2、出発
旅は荷造りからはじまる。重量制限20kg以内に収めなければならない。 私のゴルフバックは11.5kgもある。その上、手持ちの旧式スーツケースは、 空でも6kgもある。これには靴などのゴルフ用品を入れると後は何も入らない。 ゴルフバックの別送費用は2個で3万円を超えるという。このような無駄な経費は、 エコ・ツーリストを誇る私の性に合わない。仕方がないので、涙を流しながらバックから クラブを一本づつ抜き出した。これ以上抜くと何をしに行くのか分からなくなるという 限界が8.5kgであった。それでも20kgを少し超えたが、これで何とかなるだろう。 家内は、もっと大変であった。女性は誰でも着る物に気を遣う。それを思い切って制限するには、 かなりの決断がいったと思う。幸い、空港の手荷物カウンターでは無事に受け入れてくれた。 4月19日(土)、私たちを乗せたAir New Zealand NZ0094便は、定刻の1時間遅れの 19時30分に名古屋空港を飛び立った。機内はSARS騒動のせいか、がら空きで、 交代で3人席に横になって寝ることができた。飛ぶこと約10時間。20日8時30分(現地時間)、 無事にニュージーランドの玄関オークランド空港に着陸した。ニュージーランドでは、 植物検疫が特に厳しい。それを知っている私は、ゴルフ靴を入念に洗って新品に近い状態にしていたが、 それでも二度も厳しいチェックを受けた。うっかり検疫対象物の申請を怠ると 高額の罰金を課せられるそうである。手荷物を受け取ると直ちに国内線に乗り換えてオークランド空港を 10時に離陸した。快晴の空の中に、雪を頂いたサザンアルプスが美しい姿を見せて、 私たちを歓迎してくれた。11時20分に最終目的地クライストチャーチ空港に着いた。 空港に降り立つと、「これから研修がはじまのだ」という緊張感が走った。 空港で出迎えてくれた宮さんの笑顔がその緊張をほぐしてくれた。「すべて、この人に任せればいいのだ」。
3、お世話役
現地のお世話役、ゴルフ留学企画運営会社代表、宮 吉克さんは、広島出身の43歳、 10年ほど前にニュージーランドにやって来て、7年前からこの仕事をやっているそうである。 彼は、誠実で親切で礼儀正しく、今回の留学では、滞在中はもちろん、空港での到着の出迎えから、 帰りの空港への見送りまで、すべて懇切に面倒をみてくれた。 外国のしきたりの中にいながら、 日本的サービスを提供することをモットーにしているそうである。 はじめての研修ツアーで、 こんないい人に出会ったことは幸運であり、深く感謝している。
4、ホームステイ
夫婦と個人が別々の家庭でホームステイすることになった。私たち夫婦がお世話になったのは、 クライストチャーチの中心部から北東へ12km、車で約30分の静かな住宅地にある ワーレン(Warren)家であった。裏庭の前が、ワイマイリ・ビーチG.C.(Waimairi Beach Golf Club)である。 老夫婦二人暮らしで、ご主人のレジナルド(Reginald)さんは、71歳、呼び名はレジ(Regi)、 話し好きで、ジョークがうまく、陽気な人である。奥さんのバーバラ(Barbara)さんは、 67歳、呼び名はバーブ(Barb)、気品のある美人で、若い頃の写真では、イングリッドバーグマンを彷彿とさせる。 ともにテニスとハイキングを愛好しているアウトドア派である。息子さんは、日本の大学で学び、 今はオークランドで教鞭を執っているという。夫妻は来日したこともあり、 バーブさんは市の中心部にある専門学校に日本語の勉強に通っている。 このようにワーレン家は大変な親日家である。レジさんは、料理をするのが好きで、 奥さんの手伝いというよりも、台所の主役である。台所のことは何もしない私を見かねて、 新しいエプロンをプレゼントして、「お前も台所で一緒にやれ」と催促されたのには参った。 最初の1週間は、プロゴルファーを目指している若者(25歳)が一緒にホームステイをしていたので、 通訳をしてくれて助かったが、彼がいなくなってからは、私たちの日本語発音の英語では、 なかなか通じなくて、大事なことは筆談に頼ることが多くなった。たとえ言葉が十分に通じなくても、 筆談に身振り手振りを加えればなんとかなる。こうした状況の中で、ワーレン夫妻は、 私たちに楽しく過ごさせようと努力しているのが感じられて嬉しかった。特に、 5月3日(土)の“ゴンドラ”へのドライブとウオーキング、5月14日(水)の “スペンサーパーク”での砂浜歩きとランチは、楽しい思い出となった。お二人の話によると、 夫妻はイングランドで結婚して、すぐにニュージーランドへやって来たそうである。 本格的にホームステイを始めて10年になるが、私たちのようなカップルのホームステイは初めてと言っていた。 滞在中は晴天続きで、私たちは助かったが、新聞によると、そのために水不足や電力不足になっていて、 当局は慌てているそうである。私たちが日本でふんだんに使っている水や電気のありがたさを感じるとともに 資源の大切さを再認識した。この地には、プロゴルファーを目指す若者も沢山いる。 生活費やプレー代が安く、気候が温暖で、治安がよく、芝の上でたっぷり練習できる環境が、 プロを目指す若者の人気を呼んでいるようである。宮さんの主な仕事もゴルフ留学の斡旋である。 宮さん自身、ハンディキャップ2の腕前である。
5、滞在中のスケジュール
月曜日から金曜日までの基本的な生活スケジュールは次の通りである。
6:30起床
7:30朝食
8:20迎えの車で学校へ
9:00~12:15英語研修
12:15~12:50昼食
12:50迎えの車でゴルフ場へ
13:40~17:30ゴルフプレー(1R-18H) 月、金はレッスン後 9Hプレー
18:20迎えの車で帰宅
19:00夕食
20:00英語の宿題(Home Work)
21:30就寝
土曜日はピクニック、観光
日曜日はゴルフプレー
6、ゴルフ研修
25日間の滞在中に4ヶ所のゴルフ場で19日間ゴルフを楽しんだ。その内訳は次の通り。 コリンガC.C(CORINGA COUNTRY CLUB)で13日、 クリアウオーター・リゾートG.C(CLEARWATER RESORT GOLF CLUB)で3日、 ワイマイリ・ビーチG.C(WAIMAIRI BEACHGOLF CLUB)で2日、 テンプルトンG.C(TEMPLETON GOLF CLUB)で1日である。 これらのゴルフ場は、それぞれに特徴はあるが、総じてグリーンは硬くて早く、 距離はたっぷりのタフなコースである。距離の標識は、グリーンまで150ヤードを示すものが、 フェアウエー中央に1ヶ所あるだけで、自分の目で測らなければならない。 現地のゴルフは、一般にカートを引いて歩くセルフプレーで、目土の入った缶を持って、 自分が削ったターフは、ゴルファーの責任として、自分で埋めることになっている。 夜明けとともに整備をはじめているようで、コースはよく整備されている。 プレー中も、グリーンキーパー優先で、彼らの合図があるまで球は打てない。 ここでも、コースの保護を大切にするゴルフ本来の姿が見られ、 プレーヤー優先のわが国は反省しなければならない。コリンガC.Cとクリアウオーター・リゾートG.Cの スコアカードにはエチケットが細かく記されている。 ロッカーは使わず、ゴルフ場に着くと駐車場でゴルフシューズに履き替えて、 そのままティーグランドに向かう。この地でゴルフ本来のあり方を見たような気がした。 必要以上にプレーヤーを甘やかし、贅沢でお金と時間のかかる日本のゴルフは見直さなければならないと思う。 クリアウオーター。リゾートG.Cはクライストチャーチで最初につくられたリゾート型のゴルフ場で、 ゴルフ練習場、テニスコート、プール、サウナ、ホテルが付いていて、家族全員で楽しめるようになっている。 18ホールのうち、12ホールにウオーターハザードが配置されていて、素晴らしい景色を楽しむことはできるが、 難易度の高いコースになっている。ここでは、軽快に走る2人乗りカートでフェアウエーに 乗り入れることができる。ゴルフレッスンをしてくれたグッドマン(Jeremy Goodman)氏(34歳)は、 コリンガC.Cに所属するNZPGA(ニュージーランドゴルフ協会)認定Aクラスのレッスンプロで、 一時は、国内ツアーにも参加していた。滞在中に7回レッスンを受けた。ミドルアイアンを中心に、 アプローチ、バンカー、パターなど1人1回、10~15分、つきっきりで指導してくれた。 私は、特に下半身の動きを直された。打ち終った後に5秒間、 そのままの姿勢を保つように言われた。これはたいへん難しい。 彼の、ビデオを使っての熱心かつ丁寧な指導は、私を十分満足させるものであった。 帰国後、反復練習し、是非、ものにしたいと思っている。ゴルフプレーの中で、2度の6日間連続プレーは、 さすがにタフな私でも疲れた。でもこれだけやると堪能する。
7、英語研修
英語研修のために市の中心部にある“Southern English School”に入学して13日間学んだ。 タムシン(Mrs. Tamsin)が3日間、ジェームス(Mr. James)が10日間、担当してくれた。 テキストを使用して、読み、書き、聞く、話す、の総合教育で、午前中3時間、週5日の勉強である。 隣の人との会話も多く取り入れられていた。家族の紹介や友人への手紙などが宿題として出た。 両先生とも教えることに情熱を注ぎ、丁寧に根気よく講義してくれた。 13日間の通学と宿題に精を出したことが認められ、無事、終了証が授与された。 私たちが入学した基礎クラス(Elementary Class)の生徒は私たち年配者4名と若者3名の日本人、 中国人の若者3名、台湾の若者1名の計11名であった。何十年ぶりかの勉強なので、 つらいこともあったが、若者との交流ができて、楽しい時間を過ごせた。 当時この学校には452名の生徒がいて、そのうち65%が中国人で、今の中国のパワーの凄さを感じた。
8、観光
4月26日(土)には、私夫婦と友人2名の計4名でクライストチャーチの市内観光をした。 まず、街の全容を知るために、街の中心にあってシンボル的な存在である大聖堂 (カセドラル)のテッペンの展望台に登った。山登り愛好家の私たちではあるが、 133段の階段を一気に登るのは、しんどかった。お陰で街全体の素晴らしい景色を眺めることができた。 人口は35万人。「英国以上に英国らしい街」といわれ、ガーデンシティーの呼び名の通り、 きれいで清楚な街である。一日の観光だけでは物足りなく、いつかゆっくりとこの街を訪れたいと思う。 1850年、4隻の船で英国から最初にやってきた782名は、勤勉、正直、誠実を教会から 保証された人たちばかりであった。その人たちは、故郷に負けない街をつくろうと決意した。 その伝統が守られて今日に至ったのがこの街である。一行の中にオックスフォード大学 クライストチャーチカレッジの出身者がたくさんいたので、クライストチャーチと名付けられた。 クラシックな路面電車“トラム”では、愉快でサービス精神旺盛な車掌さんと記念撮影をした。 続いて“エイボン川のパンティング(舟遊び)” (Punting on the Avon)を楽しんだ。 これは街中を蛇行して流れるエイボン川にゴンドラを浮かべ、それを真っ赤なベストに身を包んだ スマートでお洒落なボートマンが操って、清流と岸辺のしだれ柳などを眺めながらゆっくり過ごす、 優雅な遊びである。“ハグレー公園”は、ガーデンシティーを代表する美しさで、 広い公園内を沢山の人々がランニング、ゴルフ、サイクリング、散歩を楽しんでいた。 5月10日(土)には、“Tranz Alpine Express”という日本語ガイド付きのデラックスなツアーに参加した。 サザンアルプスの山岳風景を堪能し、フロックヒルロッジで豪華な昼食を楽しみ、 羊犬ショー、羊毛刈りを見学し、ジェットボートに乗るなど、終日楽しさを満喫した。 5月13日(火)には、家内と2人で3日前にオープンしたばかりの“新アートギャラリー”を訪ねた。 開館間もないとあって、大勢の人が入館していた。建物は斬新で、展示物は豪華で素晴らしかったが、 それでも入場は無料というのには驚いた。どこへ行っても高い入場料を用意しなければならないわが国とは、 豊かさが違うように感じた。その後ハグレー公園を横切り、静かな庭園“モナベイル”を散策し、 のんびりとスケッチするなど、至福の時を過ごした。
9、お礼の会
5月8日(木)、市内の和食レストラン“山玄”にワーレン夫妻を招待して、 滞在中のお世話に対する感謝の気持ちを伝えた。夫妻には、初めての店だそうで、 シェフの鮮やかなパフォーマンスと料理を楽しんでもらい、たいへん喜んで頂いた。 5月13日(火)には、日本レストラン“舞童”に宮さん、増田さんを招待、参加者全員が、 ビール、酒、日本料理で、滞在中のお世話に対するお礼と、送別の宴を楽しんだ。
10、帰国
夢のように過ぎていった楽しいツアーも終りの時を迎えた。5月15日(金)、 いよいよ日本へ帰る日がきた。クライストチャーチ発6時のNZ500便に乗るために宮さんの車で、 ホームステイを早朝4時40分に出た。朝食はいらないと断っておいたが、夫妻は朝食を用意していてくれた。 別れはいつもつらいものである。出発を前にして、私たちとレジ、ベーブ夫妻は肩を抱きあって 涙を流して別れを惜しんだ。予定通りクライストチャーチ空港からオークランド空港に到着し、 8時30分発の成田行きに乗り換えて、16時50分に到着。ANAの国内便で 20時20分に名古屋空港に帰り、22時に自宅にたどり着いた。こうして楽しいツアーは終った。 自宅に着くと、ほっとした安堵感と名残惜しさが交錯して複雑な心境であった。 当初の予定では、オークランドから名古屋に直行することになっていたが、 SARSのために旅行者が減って減便されたので、成田行きに変更になったのである。 良くも悪くもSARSに影響された旅であった。
11、終りに
いま、私たちは、このたびの旅行の思い出にひたっている。 その中で一番印象に残っているのは、はじめてのホームステイである。 ホームステイは、海外留学生に経済的な勉強の場を与えるために、 イギリスで自宅を提供したことから始まった。ステイ先の家族の一員として。 その家庭のルールを守り、役割を分担し、気持ちよく一緒に生活するのが基本である。 日本と外国では、長年にわたって培われてきた生活習慣や文化が違う。 そのために誠意が誤解を生むこともあるだろう。しかし、お互いに尊重しあう気持ちがあれば、 それは些細なことになる。この度のホームステイで、ワーレン夫妻が、私たちが快適に過ごせるように たいへん気を遣ってくれているのを感じて身にしみて嬉しかった。この暖かい温もりと親切は生涯忘れない。 それに対して私たちは、その好意に応えることができたであろうか。 抱きあって流した別れの涙が、その答えの一つではなかったかと、自らを慰めている。 「俺もまだやれる」という自信を得たのも今回の旅の大きな収穫であった。 健康で迎えることができた古希の素晴らしい贈り物になった。何ごとも思い切ってやってみることである。 これからも多くの日本人が、ニュージーランドを訪れるであろう。 ワーレン夫妻も宮さんも、お元気で、その人たちを私たちと同じように楽しませて頂きたい。 ワーレン夫妻、宮さん、その他お世話になった方々のご健康とご多幸を祈って筆をおく。 ニュージーランドの皆さん、同行の皆さん、楽しい旅を本当にありがとうございました。
おわり